国連人口基金事務局長 ババトゥンデ・オショティメインからのメッセージ

「母の日」を迎えて

母への敬意を表して

2012年5月13日

私の母、モレニケは素晴らしい女性でした。卓越した起業家であり、教師であった父にとっては優れた妻であり、自らの小さなビジネスを経営する傍ら、果物を収穫し、四男四女の8人の子どもを育ててくれました。

母は1924年生まれで、強く、刺激的な女性でした。仕事と大家族のための家事とのバランスをうまくとりながら、毎日を暮らしていました。私たちが豊かな人生を送り社会に貢献してほしいと考え、学校に通い、一生懸命学びベストを尽くすようにと力説しました。一方で、学校の成績が良くない子どもに対する優しさも持ちあわせていました。自分の子ども以外でも、必要な時には従兄や甥の世話もよく引き受け、我が家に15人も子どもがいることもありました。

私の母は強い自己意識を持っていました。また、女性としての権利があると確信しており、女性のエンパワーメントによって、命を守り、家族や地域社会を繁栄させることができると考えていました。母、そして父も、このような考えを私たち子どもに教え込んでくれました。

このような考えを主張したのは、私の母だけではありません。私の妻を含む数多くの女性が、家族や地域社会におけるロールモデルとなっています。私は、「母の日」のこの機会に、皆さんがご自身の母親だけでなく世界中の全ての母親のことを思い、敬意を表してほしいと願っています。私たちは、母は強く、機知に富み、いつ、どこでもそばにいてくれ、必要なときに子どものために投資をし、家族を支えてくれるものだと思いがちです。

そして、母親もまた支援が必要であることを忘れがちです。しかしこの「母の日」を機に、彼女たちが私たちが生きていく上でとても重要なものを与えてくれるということについて考えてみましょう。母親の存在は当たり前のものではなく、平等な権利と機会が与えられるべきということを忘れてはいけません。女性が健康であり、教育を受けて社会の一員となることは、家族や地域社会、そして国家が発展することにつながるのです。

しかしながら、今なお女性に対する差別と暴力が蔓延しています。男性と比べ、女性は、教育、土地所有、信用力、人間らしく働きがいのある仕事を享受できていません。また、政策決定における女性の役割は小さく、近代的な家族計画、熟練した助産師による出産や、緊急産科ケアといったリプロダクティブ・ヘルスサービスも十分に受けることができていません。

私の故郷では、母を含め、多くの女性が少なくとも2年の出産間隔をあけることができました。また、ナイジェリアの南西部にあるIjebu-lgbo村の我が家のすぐ近くの産科診療所で、専門技能者の立ち会いのもとに安全な出産をすることができました。

当時、それは当り前のことではありませんでした、そして今なお世界の多くの地域ではそれは当り前ではありません。進歩はしてきているものの、妊娠・出産に関する課題は女性の生命を脅かしています。今も一日に1000人もの女性が、妊娠・出産のために亡くなっています。私たちはこの21世紀に、新しい命を産み出すために自らの命を落とす女性をなくすために、できる限りのことをする必要があります。

多くの出産において、産科フィスチュラのような後遺症を伴う疾患が引き起こされることがありますが、これは助産師が出産に立ち会ったり、適切な機器を備え、合併病に対応できる保健医療施設での出産であれば防ぐことができるのです。

女性が健康に生きるために何が必要であるかは、既にわかっています。この「母の日」に、妊産婦の死亡と不平等を過去のものにするために最善を尽くすことを誓いましょう。母になることを安全にしましょう。母であることを誇りに思えるようにしましょう。

私の母は80歳で亡くなりましたが、今でも彼女を身近に感じています。国連機関の中で、150以上の国において、全ての妊娠を望まれるものにし、全ての出産を安全に行い、全ての若者の可能性を叶えるために活動する国連人口基金を率いている私を見てくれていると願います。きっと彼女は喜んでくれているでしょう。一方、私に謙虚でいてほしいと願うことでしょう。そして、私がこの重要任務を達成するためにここに導かれたのは運命だと言うでしょう。そして私は、そのために最善を尽くすことを約束します。

ババトゥンデ・オショティメインTwitter
www.twitter.com/babatundeunfpa
Global Motherhood掲載記事(英文)
http://www.huffingtonpost.com/dr-babatunde-osotimehin/mothers-day-2012-giving-birth-_b_1502135.html